おぎっち

またか?、の どうでも良い話やけど・・


自分が二十歳の時に フランスのプロ養成施設であるサントル.ルイゾンボベの寮に滞在し、レース活動を してた。

1993年ごろなので もう25年前?!の話やな・・


その施設は、市が運営する プロ養成の組織なので、施設にプロ寸前の超エリートアマが所属し、カストラマの研修生だけで5人くらい?居たと思う。

カストラマと言って解る人は もう そんな居ないかも知れんが、、闘将ギマール氏が運営する 当時フランス最強のプロクラブで、今で言えばスカイみたいな?

ルノーやシュペル.ウーの時代は イノーやフィニオン レモンを育て、グランツールでは勝ち捲ってた。。

なので 偶にギマール氏やイノー氏なんかが施設に訪れてた。


なので、私の様なカス選手が居る様な施設でも無く、その後 施設に居た選手が プロへ行き 最低4〜5人はツールで走ってるのを テレビ中継で観た。。


なので 普段はカテゴリーの低いレースで走ってたが、偶にトップアマのリビジョン.ナショナル1のレースにも走らせて貰い、次元の違いを感じさせられ捲ったな・・。


そんな中で 一番感じたのは、一人で活動してる空しさ?やね。

もちろん 私なんてカス中のカスで、けど それだけでは無く、自分の立ち位置と言うか、、

そんな中で 多くのマイナー国の選手や代表ティームも滞在していて、ノルウェイ.カナダ.アメリカ(トラック代表).ルクセンブルグ(ジュニア代表).. 
書くとキリは無いけど、その中にフースホウトやシュレック(兄).ノースタイン(トラック金メダリスト)なんかも 無名の時に滞在し、
いわいる マイナー国が 世界最高峰で育てる国家戦略?の中で遠征し、フランスのセミプロやトップアマなどを転戦してたな・・。


別に、このフランスだけや無く、バスクではオーストラリアや旧ソ連の国家代表ティームが遠征してて、ステージレースの国際大会で 一緒のレースに走った。


ベルギーのケルメス.クルスの時は、カザフの国家育成代表ティーム(カペック)なんかも一緒のレースを走ってたし、彼等は10人以上は居たと思う。

また、ベルギーの一緒のアパートに居た二十歳くらいのイギリス人3人はイギリスの国家代表から派遣されたランドバウの選手で、
その内2人は、後の北京五輪ロンドン五輪で金メダルを獲り、
もう一人は 今 スカイに所属し、去年のパリルーベで3位に成ってた・・。


結局?、私が二十歳の時に目の前にした あの姿が 後のマイナー国がメジャーへ飛躍する基礎的な姿であり、

マイナー国が 如何にして 組織的に 世界最高峰で育成し、飛躍させるか?みたいなのを 凄く感じたな。


特に自分は個人で フランスのクラブに入れて貰って活動?していたので、、いかに自分が無力か?みたいなのを 凄く感じさせられた?気がする(気のせい?)な・・


今 日本は こう言った方向性のプロセスを描く国家戦略や組織的なモノは 殆ど無く、


在ったとしても、みんなバラバラ?で、統一した姿や戦略ってのが、見えない?気がする。


もちろん、個人で世界へ渡って挑戦するのも一つの方法かも?知れんが、、

大半の選手は、色んな環境や異国との温度差?みたいなのに苦労し、散って行くと思うし(体験談?)、


そう言った日本の選手の姿を(国内の有名な?ファクトリーの実業団選手)欧州で 何人か見たな・・。