シュワルナゼ氏が亡くなった?らしい・・
「シュワルナゼ外相」と言えば、ソビエト連邦の末期、、ゴルバチョフ書記長と共にペレストロイカ?を進めた、右腕?やったのを憶えてる・・
また同時に起こった、旧東側諸国の崩壊や独立?、、
特に 東西ドイツの壁の崩壊の時、ソビエト連邦の権力者 ゴルバチョフやシュワルナゼ氏は静観し?、
東西の壁は 戦争や虐殺も無く、奇跡的な崩壊?と統一を 成し遂げてた・・
反面?
後にソ連崩壊後、そのシュワルナゼ氏はグルジアの大統領に就任し、、
むしろ、時代と共に、シュワルナゼさんは権力欲や怠慢に崩れ、、ペレストイカが唱えた「解放」とは真逆の方向へ進み、、
「バラ革命」と共に、民衆から 権力を剥奪されてた・・
ただ?、
ドイツは、過去、東ドイツ崩壊と共に?、「統一ドイツ」を 平和的に移行出来たのは?、ソ連が介入させなかった「シュワルナゼ外相のお蔭、」と 感謝の意を唱え、、
氏の亡命を ドイツ自ら要請ししたらしい・・。
シュワルナゼさんは、ソ連時代に 解放を唱える事で? 国家からの危険な時期を過ごした事もあり?、、
ある意味、民衆の為の「解放」に命懸けで戦った 若い時期を過ごしながら?、、
権力を手にした 晩成のグルジア大統領の時は?
保守派と 事なかれ主義に走り?
民衆に嫌われる存在に陥った、末期を送っていて、、
権力や地位を 確保する事で、「腐った」 典型的な指導者?革命家?なのかも知れん・・
権力を剥奪されて以降?
ドイツの要請を感謝しつつも 断り?、、グルジアに残った?らしい・・
ソビエト連邦時、若き日々を「民衆の為」「改革者」と言う行動に、命懸けに遂行した人物が?、
むしろ、改革者や民衆にとって「邪魔な存在」と言う、利権者の「強欲な壁」に成った事に?
氏は、自らを「恥じ」を抱き?、、政権を去ったらしい。。
この時事は?、、これに当て嵌まる「腐った奴等」への?、、
何等かへの、一つの「メッセージ」?、そして「聖書」かも?知れんね。。