おぎっち

この前 クラシコア.ドノステアやったな。


スペイン名で「クラシカ.サンセバスチャン」やけど、地元バスクではスペイン表記のサンセバスチャンと言う街名は嫌ってて 使わず、
実際は ドノステアと言うバスク語の街名を使ってたな・・。


レースをテレビ中継で観てると、景色が懐かしく 20年前 22歳の時に バスクのステージレースを走った時を思い出す。


2か月と言う短い期間やったけど、ヴェルタ.ビダソアと言う1週間600キロくらいの 育成のステージレース国際大会にも参加したな。。


その時に、ハイスキーベルの峠やイルン、オイアルツンや ゴールのドノステア(サンセバスチャン)を 通過した。


それらの街が 昨日のクラシコア.ドノステアに含まれていて、画像を観ながら 懐かしかったな。


バスクは独特の景色と文化と民族が暮らしていて、、バスク人は 結構 昔の日本人に共通する部分が在り、優しさと怖さ?、その両面を持つ 大和魂?みたいな面を感たな。。作家の司馬遼太郎さんが好んだのも なんとなく 解る気がする・・。


あの時のステージレースは、毎日 リタイア寸前でゴールし続け、フラフラに成りながら ハイスキーベルを登ったな。。


また バスク人の降りは恐ろしく速く、、集団で峠を下ってると 外人はバンバン 谷へ落ちてた。。


一応 国際大会やから、オランダやスペインやベルギー イタリアといった クラブティームやナショナル.ティーム等も参加してたけど、、

バスクのクラブの選手等は レースや練習で 幼い頃から 地元の峠を 何度も何度も 越えて来てるので、、コーナーのレイアウトから 道路の穴まで? 身に付いてるらしく、、

私等 外人が 遠征なんかで ヒョコっと遣ってきて その峠らを 彼等と下ると、 チビりそうな位 恐ろしいスピードで下っていきよったな・・。


結局 あの時も 完走ギリギリでゴール出来 確かブービー賞?


育成バネスト(ムービスタ―)やカハルラル カイクやカフェバケと言った バスクのエリート育成クラブ等と走れて、今と成っては良い経験やったけど、、
当時は 余りの バスク人の登りと下りの速さに、挫折し捲ったな。。